昭和も遠く 26

（前回・マリア幼稚園ライネルケンス神父の独白からのつづき）　成澤 功（中町）

　隊長の突撃命令が発せられた。敵陣めがけて一斉突撃。敵の反撃もすさまじく、タンク２００㍍上空からの敵機の猛爆。私の左右前後、文字通り死傷者の山。私の肩も貫通銃創でやられた。

　気が遠くなって夢から覚めたような思いで甦ると、はるか遠方から銃声が聞こえるのみ。敵と味方の軍隊は一人も見えなくなってしまった。

　あたりは静まり返り、遙か向こうの味方の陣地らしい雑木林の彼方から淡い月明かりが射していた。

　私の身体の傷を片手で押さえながら、雑木林を目当てにトボトボ歩いて行くと、途中で一人の軍人が私みたいに疲れ切った格好でぼんやり立っていた。

　近寄ってよく見たら敵英国の軍人だ。本来なら組みついて勝敗を決すべきところだが、２人は数分間相対立した。

　女神のような月光に魅惑されたのか、私は全く闘志を忘れてしまった。

　私は、彼に敬意の一瞥を与えて去った。後方で彼もサンキューと叫んだ。

　あの日から何十年も経った。あの時の英国兵の声は、今も猶、私の耳底にしっかりと残っている。

　明け方漸く味方の陣地に辿り着くことが出来た。何の目的でドイツが闘ったのかさっぱり解らなかった。


・昭和も遠く 25／マリア幼稚園創立者 ライネルケンス神父　成澤 功（中町）