コトバ

続・山のあなた　大沼　浩

　噫(ああ)、われひとと　尋(と)めゆきて、
　涙さしくみかへりきぬ。
　山のあなたになほ遠く
「幸(さいはい)」住むと人のいふ。

　ひとは誰かある人です。われと一緒になってわれわれ、私たちになります。人のいふの人は「影」なので、われとは組めません。上田敏はひとと人とを書き分けています。われは証人にあるひとを連れて、山のかなたに行ってみました。そして……われわれは何度泣かされたことでしょう。

　人のいふは実にしっこいのです。山の向こうに幸が住んでいないのは、実見済み、証人さえいるのに、人は消え去ることがなくうまいことばで誘うのです。

　これは「山のあなた」「幸」にあこがれる人間性をうたった名詩です。あこがれは付け込まれやすい弱点です。人のいふに惑わされて、泣き寝入りで元に戻ってはいけません。