『鷦鷯(みそさざい)』�A―それで声もきれいになるのよ

青山　崇

　普請組小頭の細谷甚太夫が、気鬱(きうつ)の病で家に閉じこもりきり、という痛ましい話を聞いて帰宅した新左衛門が「怒りで頭が熱くなる」光景を見る。男が軽口を叩き品が笑っているようである。男は「それがしは石塚孫四郎。金貸しの石塚の倅です」と軽い口調で名乗る。あの石塚の倅でしかもものの言い方や態度が気に入らない。おやじに代わって借金取りに来たのではないと言って出ていった。笑い声に品らしからぬ艶めいたものを感じて新左衛門に不快感が残った。

　たったいま小頭が家人を殺害したぞ、わめきながら三村庄兵衛が駆けこんで来た。家に立てこもっている細谷甚太夫を取り押さえねばならぬ。普請組の中で剣名の高い新左衛門、三村庄兵衛、丹羽茂助が駆けつける。しかし20年も前のことでいささか心もとない。やがて大目付が討手を同道して来た。同道の男を見て新左衛門は目を剥(む)いた。なんと孫四郎ではないか。しかし討つ用意を始めた姿を見て少し見直す気分になる。甚太夫は10年ほど前、無礼な足軽を居合一刀で斬った剣士である。新左衛門は、孫四郎に甚太夫は居合を使うので後から近づくなとささやく。孫四郎はかたじけないと礼を言い、急に馴れ馴れしく「品どのはお変わりありませんか」「大晦日にはまた代理で参ります。品どのによろしく」などと言う。ふやけた顔をひきしめろ、と声をひそめて叱咤(しった)し油断せずに行けと言う。孫四郎は家から出て来て待機の者たちは一斉に声を上げた。

　帰りしな、新左衛門と庄兵衛は鷦鷯談義をする。「いまごろは家の回りにいるが、青葉の季節になると山にもどって巣をつくり、卵を生む。それで声もきれいになるのよ」。新左衛門は、始めて孫四郎が自宅に来たときに聞いた品の笑い声を思い出していた。『ロミオとジュリエット』のような悲恋話ではないようである。