『臍曲がり新左』�@―臍曲がりと畏怖と

青山　崇

　『臍曲がり新左』は、全集４巻、新潮文庫『冤罪』所収の短編である。主人公・治部新左衛門は57歳、御旗奉行という馬印や旗印の保管・管理をする閑職についている。ところが藩内一の憎まれ者である。皮肉や嫌みを言うからだがそれだけではない。眉が太く前に長く伸び、その下に金壺眼（かなつぼまなこ）を光らせ、顎が横に張っている憎々しげな容貌をしいるからでもある。しかし、先代藩主の馬廻りとして戦国の世から江戸初期の大坂の役の戦乱を潜り抜け、数々の武功を持つ者として周囲から畏怖の念も持たれている。

　新左は長い戦乱が治まり平和の世になったのはよいが、武士道が廃れ、若者をはじめ藩士にもたるんでいる者が少なからずいることに臍を曲げている。隣の犬飼家の総領で25歳の平四郎が、18歳の娘・葭江といちゃついていることにまず臍を曲げている。平四郎は跡取り、葭江は一人娘の婿取りで、結ばれることはまずないのにと苛立ちをつのらせている。葭江は父に似ず美貌で、縁談はいくつもあるのだが、新左の娘ということでまとまらない、それは新左の不徳の致すところで頭が上がらず負い目に思っている。さらに二年前に妻を亡くし細々とした面倒を見てもらっていることからの負い目もある。

　時に、時代の大転換期があり、どう生きるか、どう生きたかが問われることがある。直近では敗戦である。俺たちの時代が来たとした者、天皇絶対で自決した者、信念を失い自暴自棄の者、呆然虚ろの者、戦前体制の再到来を期して一先ず沈黙した者などなどさまざまな生の対応があった。今から４００年ほど前の新左の時代もそうであった。周平は現代を江戸初期に移して描いて見せる。