渡前小子ども獅子踊り今昔物語

米と獅子の郷(さと) ①

渡前獅子踊り保存会 太田功

民報藤島2026年07月26日第1551号

 渡前獅子踊りの起源は定かではないが、1827年には踊られていたという記録がある。江戸時代のことである。

 日本史を紐解いてみた。その百年ほど前は享保の大飢饉、その後も宝暦の飢饉など、冷害などにより度々不作が続き、各地で一揆が多発した。

 一揆禁止令が出されても、自然の猛威は何度もやってきて、農民を苦しめた。特に天明の大飢饉は、東北地方での被害が甚大で、異常気象と火山活動による農作物の凶作は6年も続いたという。

 その後、幕府は飢饉に備えて備蓄米である「囲い米」制度を全国の大名に強制。1万石あたり50石を備蓄させた。

 江戸町民からは七分積金として備蓄用に金を集めていて、飢饉対策としては素晴らしい制度とされたが、長続きせず、松平定信もほどなく失脚した。

 いつの世も、その場しのぎの政策は長続きしない。

 さて今の時代はどうであろうか。

 渡前小の子ども獅子踊りは、8月2日のふじしま夏祭り出演に向け猛練習している。4,5年生13人による獅子団である。

 「お米がたくさん穫れますように。地域のみんなが幸せに暮らせますように。そんな願いを込めて、渡前では今から200年も前から獅子踊りを20日間も行っていました」。

 踊りの前に児童が口上で述べる内容の一部で、時には司会がナレーションする。

 200年前の踊りは、田畑を荒らし回る動物に加え、自然の猛威をやり過ごしたいと必死の祈願の奉納踊りであったはずだが、その6年後、天保の大飢饉につながるヤマセという冷害や大雨被害が度重なる不運がまいおりてくる。悪疫は退散してくれなかった。・・・(つづく)


8月2日のふじしま夏祭り出演に向け猛練習


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