ふるさと賛歌 鈴木重雄(八色木)

民報藤島2026年07月26日第1551号

川の氾濫で出来たオッポレ沼

 藤島川は黒瀬川と笹川が古郡橋の前で合流し、藤島元町を貫流して、別れ口下流から左に迂回。豊栄・西川原を経て、長沼と三川町土口を境にして、さらに落合で京田川と合流。最上川の河口から数㎞手前の左岸で最上川に合流し日本海に注ぐ。

 昭和初期までは、赤川は京田川と共に最上川に合流していたが、昭和28年に赤川と最上川・京田川が完全に分離された。

 藤島下町の別れ口の少し下流の桑畑は今はなくなったが、山和製材、阿部コンクリート、日本海アスコン、石庄建設藤島支店など工業地帯になった。

 当時は、立谷沢発電所から酒田工業団地まで送電線を管理する吊橋があった。

 関係者以外は使用禁止であったが、子ども達はゆさゆさと揺れる橋を渡って遊んでいたし、なかには吊橋から飛び込んで川遊びをする強者もいた。

 この橋の下流から川が左方向に湾曲して、一帯が高台になった所に「オッポレ沼」が出来たという。

 平成11年7月、東田川文化記念館主催の「庄内の大地・地形の変遷」の講座があり、山形大学人文学部教授・阿子島功先生が現地研修された。

 藤島川の氾濫で土砂が押し上げられ、堤防を越えた所に沼が出来た、と水害予想地形分類図を見ながら説明された。

 今は畑地で、その形跡を想像するしかないが、この下流一帯の字名は豊栄「突上(つきあげ)」で、洪水地名である。よく見ると、対岸の平形より高台になっている。


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