渡前小子ども獅子踊り今昔物語
藁(わら)文化の里⑩
渡前獅子踊り保存会 太田功
1998年1月、明治ホール(東田川文化記念館)で、第8回日本藁文化大祭が開催され、藁文化シンポジウムで幕開けした。
宮崎清氏は講演に先立ち、「藁という字は草冠に高い木と書く。『木より高い価値を持った草』という意味で日本だけの使い方。それを絶やしてはいけない。世界に情報発信して」と来場者や藁工芸部会にエールを送った。
前年秋にスタートした渡前小の子ども獅子踊りの3年生は、この日、家庭や地域から集めた藁工芸品を活用し、藁利用についての総合学習の成果を発表した。
その後、東栄小と渡前小双方の獅子踊りを披露した。
宮崎氏からは「藤島町の地で伝えられてきた日本の宝。みなさんの力で大きく育ててください。」と、讃辞として色紙が贈られている。
それから10年経過、千葉大宮崎研究室は2008年12月に台湾高尾県で開催される「文化創意産業発展国際シンポジウム」に、藤島藁工芸部会へ参加要請をかける。
出発までに1か月を切ったタイミングで何も知らぬ筆者は、小野寺勇治氏から、「会員の押井君が行けなくなった。ついては実践発表(プレゼン資料)をまとめ、獅子舞も頼む」と、強引な依頼。
「おたくはしっぽを持ち、ついてくれば良い。」と簡単であった。その時足袋の色は黒ですね。と確認したつもりだったが、成田空港へ向かう道中、前足側は白足袋。後足を担当する筆者は黒足袋であることが発覚、いくら何でも前後で色違いはないだろうと、白足袋を探すが時間切れ。当日、こはぜの固定無しで、裏返しに履き、白を見せて藁のしっぽを懸命に振った。
・・・藁文化の里(おわり)

台湾実践大学で発表する小野寺勇治氏

台湾屏東(ピンドン/へいとう)市での獅子舞