ふるさと賛歌 永慶寺と古郡田澤家 鈴木重雄(八色木)

民報藤島2026年07月12日第1549号

 前回、八色木の跨線橋から眺める庄内平野は絶景であると書いた。

 出羽三山の山々、金峰、母狩、朝日連峰、日本海につながる砂丘地の稜線、東北地方最高峰の鳥海山、庄内の水稲単作地帯が一望できる地点である。

 下町のはずれから田中さんの所に休み石があって、一休みすると気持ちを改めて、少し曲がりくねった水路と道路が併行し、2軒の家があった。

 1軒は踏切屋という料理屋で、隣は油揚屋であった。

 昭和54年3月に羽越本線に跨線橋が完成し、曲がりくねった道路は、面影だけが残っている。

永慶寺と古郡田澤家

 先日(6/26)、古郡の田澤繁さんが73歳で急逝された。

 『民報』に以前、田澤家のことを書いたので、再録したい。

 前田利家公の実兄利久の嫡男、前田慶次(別名:前田慶次郎)は、上杉景勝公に仕えて3万石を録した。

 上杉家の米沢転封と同時に、その子孫は旧朝日村の田沢に逃れ、性を前田から田澤に改め、庄内に入り、加賀大乗寺の末寺である八色木の永慶寺の檀越(だんおつ)(檀家)となった。古郡田澤家の祖先である。

 田澤家の位俳壇は、永慶寺の開山堂正面にある。

 田澤稲舟(明治7年~29年)は明治の女流作家で、前田慶次の後裔であり、永慶寺に位俳壇がある。

 鶴岡市内の般若寺にも田澤家の墓所があるが、八色木までは遠いので、市内に墓所を作ったと思う。(2024年8月25日号)


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