渡前小子ども獅子踊り今昔物語
藁(わら)文化の里⑧
渡前獅子踊り保存会 太田功
「装いも艶やかに新郎新婦のご入場です。」
結婚祝賀会が最高潮に達する場面だ。司会が一気にフィナーレへと誘う。和装から洋装に着替えてキャンドルサービスを行いながら各テーブルを周る場面である。
昭和50年代、高度経済成長の波もあり、農村社会にも近代的な大型施設が建設され始める。藤島中央公民館もその一つ。旧藤島小学校跡地に総工費2億4100万円で昭和53年11月に完成した。
一方、国の改善運動も戦前戦後と続き、公民館が出来上がった頃も行われていた。
農林省では農業改良普及所を中心とした生活改善普及事業を、厚生省では栄養改善を中心に食生活改善運動を、文部省では社会教育分野で、婦人学級や青年学級を公民館活動の柱に据え行っていた。
昭和40年代、自宅や公民館の和室でおこなわれていた祝賀会は、藤島の農協ホール(現JA庄内たがわ本所)、中央公民館、商工会館(現出羽商工会藤島支所)へと場所を移し、お招きする人数を増やしたが、生活改善の決まりで、実行委員会形式で行うこと、会費は2500円、ビールは出さない、などの決まりがあった。
初任の仕事が中央公民館だった筆者は随分、結婚祝賀会の実行委員から相談を受け、前日のリハーサルにも会場担当として、関わることがあった。
冒頭の盛り上がる場面は、入口の天井近くに簡易の木箱を吊り下げ、中に100本を超える紙テープをセットし、入場とともにテープシャワーにするシーンだが、前日のチェックですべて落ちてしまう会があれば、当日、木箱は開かず司会が別原稿を読むなど波乱はあった。
玄関に展示してある藁で作り上げた馬も「チャグチャグ馬子」風に飾られ、新婦を乗せて、随分活躍した。
旦那でない人たちから抱きかかえられ、乗るのに一苦労。ドア上部にぶつからないよう馬の横腹にしがみつく新婦も居た。・・・(つづく)


(写真は旧藤島町農協時代、藁文化大祭)