ふるさと賛歌 松嶺街道 鈴木重雄(八色木)

民報藤島2026年06月28日第1547号

 先日の八栄島地区敬老会に出席し、実行委員会から数え年100歳の記念品を戴き、この上ない喜びで感謝申し上げます。

松嶺街道

 私の住む八色木は、かつて鶴岡(庄内藩)と松嶺(松山藩)を結ぶ松嶺街道の中間に位置し、藩政時代には大名行列がここを通り、清川で最上川を遡上した際の休憩地であった。

 飯鉢忠左衛門家には「御休処」の立て札が残っている。飯鉢(いいばち)家の姓は松山藩から下賜された全国でも一つしかない珍しい苗字である。「飯鉢(はんぱち:食事や弁当・炊き出しの意)」を開く場所であり、八色木薬師堂の縁起と深く結びついていた。

 松嶺街道は下町の村はずれに「休み石」があって、盛り上げた所に松の木が植えてあり、中田さんの家で、村人たちは『松の木』と呼んでいた。婆さんは八色木の生まれで、気さくな人で電気料の集金をしていた。

 藩政時代の下町のはずれあたりは、茶屋や飲食店、休憩所で賑わった。

 このあたりは「因幡堰」と「新堰」の合流点で、松嶺街道沿いに流れた後に豊栄・八色木方面へ分水される。この下流を「大堰」と言っている。

 少し曲がりくねった水路と道路が併行した所が羽越線踏切であり、今は跨線橋になったが、ここから眺める庄内平野は絶景である。


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