藤沢周平を読む⑱　鈴木重雄(八色木)

　「どうれ、ンだば拝見すっがの」

　おきくの沈黙には構わずに、大鷲坊(だいしゅうぼう)は無雑作におきくの身体に手をのばした。いたわりもない、荒々しい手つきだった。その手で、おきくの痩(や)せて青白い脚が膝のあたりまでむき出しにされた。

　おきくの顔に、泣き出しそうな表情が動いている。おとしはだいじょうぶ、と言うように笑いかけた。

　だが、大鷲坊のやり方は、おとしにとって思いがけないものだった。足を見ると言っても、せいぜい着ているものの上から触れてみる程度だと思っていたのだ。

　大鷲坊は腕組みして、じっとおきくの脚に眼を落している。鋭い眼つきだった。おきくはあきらめたように眼をつむっている。そうして押し寄せる羞恥心(しゅうちしん)とたたかっているのかも知れなかった。

　細いが、白桃(はくとう)のように白い脚だった。痩せているので、膝頭が少し突き出ている。そしてその上に、青白く肉がみちた腿(もも)がのぞいていた。浴衣の上からもわかるほど、胸が隆起し、まぎれもない一人の女だった。おきくはその乳房の高まりの下のあたりに、固く両手を組み合わせている。

　大鷲坊が、また手をのばして、今度はおきくの脚にさわった。するとおきくが、ぱっと眼を開いて、おとしを見た。おきくの顔には恐怖に似た表情が現れている。

　ーおらだば、飛び上がってしまう。

　大鷲坊は、おきくの足の指を握り、内側に曲げたり、上に反(そ)りかえらせたりしている。それが終わると、足首を丹念にさわり、骨や筋を探るようなことをした。それから手を上に滑らせて、白いふくらはぎを静かに揉(も)みはじめた。そうしながら、大鷲坊は時どき鋭い目でおきくの顔をうかがっている。

　見ているだけで、おとしは冷や汗が出るような気がした。だがおきくの脚は、死んだ魚が投げ出されているように、びくりとも動かないのだった。

　その脚が、不意に跳(は)ねた。

　「おとしさん」

　悲鳴に似た声でおきくが呼んだ。同時に、おとしも強い口調で「鷲蔵さん」とたしなめた。ふくらはぎを揉んだ大鷲坊の掌が、さりげなく膝頭を越えておきくの内腿に滑りこんだのを、おとしも見たのである。

　「いや悪かったの。ちょこっと手が滑った」

　大鷲坊は神妙に詫びを言った。

　「今日はこれまでだ」

　すすり泣きの声を漏らしているおきくを残して、そそくさと立ち上がった。