無くて七癖有って四十八癖　新町　齋藤留治

　ある日、私は北国の街でブラジルからの留学生、アレックス（ブラジルでは現役の大学生、サッカー王国出身とあって、学校でもホームスティ先でもボール蹴り、その年ワールドカップの年だったので、ブラジル国旗を体に巻きつけてバス等に乗車していた。）と一緒にホームスティ先のリビングルーム（居間）で寛(くつろ)いでいた。

　彼は「いつか日本に行ってみたい。ブラジルに帰ったら第２外国語に日本語を選択する予定｣とのこと。

　私はちょうどその時、ＮＨＫの第２放送で使われる語学番組のテキストを持っていたので、それを少し読んで聞かせることにした。

　彼は意味が判らないながらもフンフンと聞いていたが、便りは無いので日本に来たかどうかは判らない。

　私はどこに行っても庄内弁で喋(しやべ)ることにしているが、私の庄内弁の訛(なま)り四つ仮名（ぢじづず）が乗り移っていなければと按(あん)じている。

　私が滞在した北国の街には色々の肌色の人達が街を歩いているが、私は何故か「あなたは台湾人か」と話しかけられる事もあった。

　だが私は日本人（私一人の）と判る独特の癖を持っている。

　それは店や街の中での立ち話の時でも、また、相手の言っている事が判ろうが判るまいが頭を下げてウンウンと「頷(うなず)く」癖がある。

　それで「オ―・あなたは日本人」と判ってくれた。（どう鏡を見ても私の肌色は黄色いので台湾人と変わらないが、目と鼻穴の大きさが彼らとは違うような気がするが。）

　芸は身を助けないでこの頷きが悪さをした事もあった。

　夏の爽(さわ)やかな青空が続いていたある日、私が通っていた学校に若くて美人の英語女教師を含め、十人位のタイからの留学生が入ってきた。（全員教員で半年間国費派遣とのこと。）

　男女の仲はどこの国も同じと見えて、中学で理科か数学を教えている独身男先生、私が見ても綺麗で理知的だった英語の同僚女教師に一目惚れをしてしまい、何時も彼女にセミの抜け殻のように纏(まと)わりついていた。

　彼の先生仲間は彼をいつも「スペース」と呼んでいたので、それが彼の本名だと思って私も頷きながら聞いていた。

　ある日、英語美人女教師のいる前で、私が彼を「スペース」と呼んだところ、彼の顔が猿のお尻のようになった。

　それは映画で見た「エイリアン」と思ったらしい。

　頷かないで私もきちんと名前を確かめていたら、彼の恋路を邪魔しなかったのにー。

　でも宇宙人の顔が彼に似ているか、彼の顔が宇宙人に似ているかは確かめようがない。（一目ぼれ先生ゴメン）